神戸地方裁判所 平成10年(ワ)2175号 判決 2000年9月14日
原告
上原和子
ほか一名
被告
藤井淳司
主文
一 被告は、原告上原和子に対し、金一二八一万四五七七円及びこれに対する平成七年二月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告上原正裕に対し、金二〇万円及びこれに対する平成七年二月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告上原和子のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用のうち、原告上原和子と被告との間に生じたものは、これを二分し、その一を原告上原和子の負担とし、その余を被告の負担とし、原告上原正裕と被告との間に生じたものは、被告の負担とする。
五 この判決は、第一、二項に限り仮に執行することができる。
事実
第一申立て
一 請求の趣旨
1 被告は、原告上原和子に対し金三八〇〇万一二七三円及びこれに対する平成七年二月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告上原正裕に対し金二〇万円及びこれに対する平成七年二月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
との判決
第二当事者の主張
一 請求原因
1 交通事故の発生(以下「本件事故」という。)
発生日時 平成七年二月三日午後一〇時二五分ころ
発生場所 神戸市灘区赤坂通五丁目一番二号
加害車両 普通乗用自動車(神戸五三ま二八一六)
右運転者 被告
被害者 原告ら両名
事故態様 道路上に立ち止まっていた原告ら親子に対し、被告運転の加害車両が後退して来て原告らに衝突したものである。
2 原告上原和子(以下「原告和子」という。)の傷害及び治療の状況
(一) 原告和子は、直ちに神戸市立中央市民病院(以下「市民病院」という。)へ救急車で運ばれ、左大腿骨骨折の診断を受けて同病院に入院し、同月一七日にプレート固定及び骨移植の手術を受けた。
(二) 原告和子は、平成七年一〇月一二日まで市民病院に入院していたが、リハビリのため同日神戸リハビリテーション病院(以下「リハビリテーション病院」という。)へ転院し、平成八年三月三日に退院するまで同病院に入院していた。
(三) その後も両方の病院で通院治療を続け、平成九年八月一九日に症状固定との診断を受けた。
(四) 症状固定日までの各病院での入通院の状況は以下のとおりである。
(1) 市民病院
平成七年二月四日から同年一〇月一二日まで入院(実日数二五一日)
同年一〇月一三日から平成九年八月一九日まで通院(実日数二六日)
ただし、右通院のうち五日間はリハビリテーション病院入院中の通院である。
(2) リハビリテーション病院
平成七年一〇月一二日から平成八年三月三日まで入院(実日数一四四日)
同年三月四日から平成九年八月一九日まで通院(実日数二七日)
(五) 現在、原告和子は、左膝を十分に曲げられず、そのため立ち上がったり、階段の上り下りが困難であり、杖を使わなければ室外を歩けないなど、日常生活に大きな支障を来している。
原告和子の労働能力は平均人の三割程度しかないとの医師の診断を受けている。しかるに、自動車保険料率算定会からは「後遺症等級第一二級五号」の認定を受けており、これは骨盤に著しい奇形を残すものとして後遺症を認定されたものであって、左足関節の障害が全く考慮されていない。原告和子は、右等級認定を不服として異議申立てをしたが、平成一〇年九月二二日付けで既認定どおり一二級五号との認定を受けた。しかし、これは関節の曲がる角度から機械的、画一的に認定をしているものであって、障害の実態をみない不当な認定である。
3 原告上原正裕(以下「原告正裕」という。)の傷害及び治療の状況
原告正裕は、全治一週間を要する打撲の傷害を受けたが、市民病院へ一日通院しただけで完治した。
4 責任
被告は、民法七〇九条に基づき原告らが被った後記損害を賠償する責任がある。
5 損害
(一) 原告和子について
別紙損害賠償額計算書のとおりである。
(二) 原告正裕について
治療費三万七九二〇円及び慰謝料二〇万円の合計二三万七九二〇円
6 損失の補填
(一) 原告和子について
保険会社から治療費の全額の支払を受けているほか、二回に分けて合計二〇〇万円の仮払いを受けている。
よって、損害残額は別紙損害賠償額計算書のとおり、三八〇〇万一二七三円である。
(二) 原告正裕について
治療費のみ全額の支払を受けている。
よって損害残額は二〇万円である。
7 まとめ
よって、原告らは被告に対し、請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実のうち、原告和子が本件事故により左大腿骨骨折の傷害を受け、主張の期間、主張の病院に入院し、主張の手術を受け、主張の時期に症状が固定した旨の診断書を得ていることは認め、リハビリテーション病院への入院の必要性及び症状固定の時期は否認する
3 同3の事実は不知。
4 同4の主張は争う。
5 同5の主張は争う。
原告和子の六五歳以上の女子平均賃金は認められない。
6 同6の事実のうち、保険会社からの治療費及び仮払いについては認め、原告らの損害残金については不知。
三 被告の主張
1 原告和子のリハビリテーション病院入院の必要性の不存在について
平成七年七月末には、市民病院自体が原告和子に対し再三退院勧告をし、日常生活自体がリハビリである旨説得しているが、原告和子はこれを拒否して入院を続け、同年一〇月一二日に市民病院を退院するや、更に入院の必要性は医師、看護婦共に否定しているにもかかわらず、原告和子の希望でリハビリテーション病院へ入院したものである。
2 原告和子の後遺障害について
原告和子は、後遺症が骨盤に著しい奇形を残すもののみとして、自動車保険料率算定会から、後遺症等級第一二級五号と認定されていることに対して、関節の曲がる角度から機械的、画一的に認定をしているものであって、障害の実態をみない不当な認定であると主張している。
しかし、リハビリテーション病院の入院診療録に「左膝周囲の痛み改善し、筋持久力も改善。公共交通機関利用も自立している」と記載されている。
よって、日常生活に支障はなく、後遺症としては認定できないものである。
また、原告和子の愁訴は、心因性によるところが大きい。
3 原告和子の休業損害及び逸失利益について
原告和子は、専業主婦であり家事に従事していたとあるが、同居人は原告正裕を含めて二人であり、自分のことは自分でできる成人である。しかし、前記診療録によると「何でも自分でしないと気が済まない性格のため、家事を自分でしてしまう」と記載されており、原告和子がしなければならない家事労働は、賃金センサスで算定するものには値しないと思料する。
また、前述のとおり、心因性によるところが大きく、日常生活には支障をきたさない。
4 原告和子の症状固定時期について
原告和子の膝は、平成七年一〇月一二日の市民病院退院時において、屈曲〇ないし一三〇度、伸展一〇度となっており、甲第四号証の後遺症診断書が作成された平成九年八月一九日に一二〇度、一〇度と何ら変化がないことからも、原告和子の膝の関節可動域制限は平成七年一〇月一二日ころ、既に症状固定していたものである。
5 時効消滅
本件訴訟は、平成一〇年一〇月一五日に提訴されているが、原告和子の後遺症は平成七年一〇月一二日に発生しており、その請求権は同一〇年一〇月一二日の経過により、時効消滅しているといわねばならない。
四 原告らの主張
1 原告和子の症状固定時期について
被告は、平成七年一〇月一二日の時点で症状固定をしていたと主張している。しかし、リハビリテーション病院への入院は医師の判断に基づいて行われているものであり、実際にリハビリテーション病院で入院治療をした結果、症状改善が認められているのであるから、かかる治療期間中は症状固定をしていなかったというべきである。
2 時効の主張について
被告の主張する症状固定時期が間違っていることは前記のとおりであるが、原告らは、本訴を提起する前に、平成一〇年一月三〇日付けで損害賠償を求める調停を申し立てており、これが不調に終わったため、即日本訴を提訴したものである。したがって、被告の主張によっても、右請求により時効は中断されている。
理由
一 請求原因1の事実(本件事故の発生)は、当事者間に争いがない。
二 同2の事実(原告和子の傷害及び治療の状況)のうち、原告和子が本件事故によって左大腿骨を骨折し、平成七年二月三日に市民病院に入院し、同月一七日にプレート固定及び骨移植の手術を受けたこと、同年一〇月一二日まで市民病院に入院していたが、リハビリのため同日リハビリテーション病院へ転院し、平成八年三月三日に退院するまで同病院に入院していたこと、その後、平成九年八月一九日に症状固定との診断書を得ていることは当事者間に争いがない。
被告は、右リハビリテーション病院への入院は必要がなかった旨主張するので検討する。
1 前記争いのない事実に証拠(甲二ないし五、二四二、乙四、六、七、原告和子本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
(一) 原告和子は、本件交通事故によって左大腿骨顆上部骨折等の傷害を受け、布民病院に緊急搬送されて入院し、平成七年二月一七日にプレート固定及び左腸骨からの骨移植手術を受けた。その後、同年三月一四日には骨癒合も順調でありギプスがはずされてリハビリが開始され、同年六月ころには、全荷重も可能となり、屈曲一〇〇度、伸展五度に回復し、同月二三日には外泊ができるまでに症状が改善された。
(二) 原告和子は、その後もリハビリに専念し、同年八月ころには、屈曲一三〇度、伸展一〇度に回復しており、市民病院では、同年七月以降も日常生活に慣れさせるために外泊を勧め、退院に向けて指導をしていった。これに対し、原告和子は、自宅が三階建てであって、階段の上下が困難である上、平日の日中は家族が誰もいないため、家事もしなければならず、リハビリに専念できず、かえって疲れる旨訴えて、退院には消極であったが、病院の指示に従い、毎週一回程度の割合で自宅に戻り、機能回復に努めていた。
(三) 原告和子は、同年九月に担当医師から退院を勧められたが、整形外科部長に前記のとおりの自宅や家族の生活状況を説明し、なお病院におけるリハビリを希望したところ、同医師もこれを認め、担当医師の紹介によりリハビリテーション病院に入院することとなり、同年一〇月一二日に同病院に入院した。同病院では、理学療法により、ホットパック、関節可動域訓練、筋力増強訓練、昇降訓練が行われ、平成八年三月三日の退院時には、公共交通機関の利用で自立できるまでになり、また、昇降訓練によって、二〇センチメートルの階段を手すりにつかまって一足一段にて自立できるまでになった。また、屈曲は一三五度に改善された。
(四) 原告和子は、リハビリテーション病院を退院後、同病院及び市民病院に通院し、リハビリを受けるとともに、左膝関節痛を訴えたため、ビタミン剤(アルファロール)、消炎鎮痛パップ剤(アドフィード)、解熱・鎮痛・抗消炎薬(ロキソニン)等の投与を受けていた。平成九年八月一九日には、屈曲一三〇度(ただし、甲第四号証の後遺障害診断書には一二〇度と記載されているが、誤記と思われる。)、伸展一〇度であり、従前と余り変化はなく、症状固定の診断を受けたが、その後も市民病院に通院し、平成一〇年五月二二日には、市民病院の担当の医師より、平成九年八月一九日に症状固定したが、正座や横座りができず、立ち上がる際には何かにつかまらないと自力では立ち上がれないこと、階段も手すりをもってゆっくりとしか昇降できないこと、外出するときは杖を用いないと歩行が困難である旨の診断書を得ている。
2 右の事実によれば、リハビリテーション病院への入院は、原告和子の希望によるものではあるが、市民病院の整形外科部長や担当医師が病院におけるリハビリの必要を認めてリハビリテーション病院を紹介したのであるから、その必要性がないとはいえず、しかも、同病院におけるリハビリ治療により屈曲度は改善され、昇降機能も改善し、公共交通機関の利用で自立できるまでになったのであるから、同病院への入院は本件事故と相当因果関係があると認めるのが相当である。
三 請求原因3の事実(原告正裕の傷害及び治療の状況)は、証拠(甲一、一六、一九四、乙五)及び弁論の全趣旨により、これを認めることができる。
四 責任
被告は、その運転する加害者車両を原告らに衝突させ、原告らに対し前記の傷害を負わせたのであるから、民法七〇九条に基づき原告らが被った損害を賠償する責任があることは明らかである。
五 原告和子の損害
1 入院治療費
原告和子の治療費が五六八万一一五〇円であり、被告の加入している任意保険会社がこれを支払っていることは当事者間に争いがない。
2 入院雑費については、一日につき一三〇〇円とし、三九四日分の五一万二二〇〇円を認める。
3 家族付添費については、医師が家族ないし付添人の付添いを指示したこと、あるいは家族が現実に付き添ったことを認めるに足りる証拠はないから、これを認めることはできない。
4 通院交通費については、証拠(甲四二ないし四五、四八ないし一九三、二四二)及び弁論の全趣旨によれば、原告和子は、平成七年一一月一〇日から平成九年八月一九日まで市民病院に通院し(実日数二六日)、また、平成七年九月二二日から平成八年一二月六日までリハビリテーション病院に通院した(実日数二九日)こと、右通院期間中の原告和子の症状は前記のとおりであり、右症状や原告和子の年齢を考慮すると地下鉄やバスを利用することが困難であり、一部タクシーの使用もやむを得ないと認められるので、少なくとも原告和子が別紙のとおり通院したとする日数分の合計三六万三九三〇円(ただし、平成八年四月二六日は往復タクシーを利用しているものと認められるので、同日のバス、地下鉄料金は除く。)は本件事故と相当因果関係があるものと認める。
なお、原告らは、原告正裕の見舞いのための交通費を原告和子の損害賠償として主張するが、原告正裕がそれぞれの病院に見舞いに行くのは親子の情誼であって、これを原告和子の損害としては認めることはできず、また、原告和子は、市民病院の内科等への通院交通費を損害として主張するが、内科等における治療が本件事故と相当因果関係がある旨の主張も、これを認めるに足りる証拠もないから、右主張は採用できない。
5 休業損害
証拠(甲一九三ないし一九五、二四二、二五一)及び弁論の全趣旨によれば、原告和子は、長男である原告正裕及び長女好恵と肩書き住所地において生活し、子供らがいずれも成人であって日中は仕事に出ているため、本件事故以前は日常家事をほとんどすべて一人でこなしてきたことが認められる。右事実によれば、原告和子は、配偶者の存するいわゆる主婦ではないが、実質的には主婦と同視すべきであり、六五歳以上女子の平均年収二九七万一二〇〇円の収入を得ていたと認めるのが相当であり、原告和子の主張する入院期間及び通院期間合計四四二日分の三五九万八〇〇一円は本件事故と相当因果関係があるものと認める。
6 入通院慰謝料について
前記のとおり、原告和子は三九四日間入院し、その後約一年五か月の間に四八日間通院していたものであるが、市民病院の退院が遅れたことやリハビリテーション病院への入院が原告和子の希望によって実現した面も考慮すると、本件事故による入通院慰謝料としては、金二六〇万円が相当である。
7 逸失利益について
(一) 前記のとおり、原告和子の症状が固定したのが平成九年八月一九日であり、原告和子は当時六七歳であるから、収入は、二九七万一二〇〇円であったと推定される。
(二) 原告和子の後遺障害が骨盤に著しい奇形を残すものとして、自動車保険料率算定会から、後遺症等級第一二級五号と認定されているが、左足関節の障害が全く考慮されていないことは、当事者間に争いがない。
原告和子は、労働能力が平均人の三割程度しかないとの医師の診断を受けており、右後遺障害等級の認定は、関節の曲がる角度から機械的、画一的に認定をしているものであって、傷害の実態を見ない不当なものである旨主張するので検討する。
甲第五号証によれば、後遺障害診断書(甲第四号証)を記載した市民病院の担当医師は、平成一〇年五月二二日、原告和子は平成九年八月一九日に症状固定したが、正座や横座りができず、立ち上がる際には何かにつかまらないと自力では立ち上がれないこと、階段も手すりをもってゆっくりとしか昇降できないこと、外出するときは杖を用いないと歩行が困難であること、労働能力は平均人の三割程度しかない旨の診断書を作成していることが認められる。
また、甲第一九三号証、第二四二号証、第二五一号証の原告和子の各陳述書には、原告和子らが居住している自宅は三階建てであって、一階は玄関と応接間であり、二階は台所、リビング、風呂や洗面所、居間と庭があり、三階に居室があること、生活の中心が二階及び三階であるため、毎日必ず階段を上下しなければならないこと、しかも階段の段差が二〇センチメートル以上であり、階段の幅が狭いため、上下が困難であること、平日の日中は家族が誰もいないので家事もしなければならないが、杖を使わなければ歩行が困難であり、しかも重いものを持ったり膝を曲げたりすることができないため、買物のための外出はもとより家の中の家事も困難であり、何事をするにも二、三倍の時間がかかり、家事労働を含む一切の行動が以前と比べて三割程度しかできなくなっていることが記載されている。
甲第五号証の診断書を作成した市民病院の担当医師が、如何なる根拠に基づき原告和子の労働能力を通常人の三割と認定したのか不明であるが、原告和子の作成した陳述書に何事をするにも二、三倍の時間がかかる旨の記載があることからすれば、同旨のことを担当医師にも述べていると解せなくもない。
しかしなから、労働能力の喪失の割合は、家族構成や生活状況、あるいは居住している家屋の構造や居住環境によって左右されるものではなく、純粋に身体的状況から判断されるべきものであり、公平の観点からもある一定の基準によって判断されることもやむを得ないことである。したがって、これらを判断するために、関節の屈曲及び伸展の度合いを基準とすることも特段の事情のない限り合理的といわなければならない。前記のとおり、原告和子の左膝の屈曲の角度は一三〇ないし一三五度であり、伸展の角度は一〇度であるが、家庭状況を考慮してもなお日常生活に極めて困難を来している面も認められるから、一下肢の三大関節中の一関節の機能に障害を残すもの(後遺障害別等級表第一二級七号)に該当するものと認めるのが相当である。
この点に関し、被告は、リハビリテーション病院の入院診療録の記載から、日常生活に支障はなく、後遺症としては認定できない旨主張する。しかしながら、リハビリテーション病院の診断が現に原告和子が公共交通機関を自立して利用していることを現認した上のものであるか不明であり、仮に公共交通機関利用も自立しているとしても、それが短時間のものでしかないとしたら、日常生活に支障がないとはいえず、前記認定のとおりの生活状況からすれば、関節機能に障害を残しているといわざるを得ないから、被告の主張は採用できない。
前記のとおり、原告和子は、骨盤に著しい奇形を残すものとして、後遺障害等級第一二級五号と認定されているから、併合一一級と認定するのが相当であり、以上を総合的に考慮すると、原告の労働能力喪失率としては、二〇パーセントと認めるのが相当である。
(三) 労働能力喪失期間
これらの症状による労働能力喪失期間は、原告が自認するとおり、九年に制限するのが相当である(九年間のライプニッツ係数は七・一〇七八)。
(四) 結論
よって、原告和子の逸失利益は、四二二万三七三九円と認められる。
8 後遺障害慰謝料
原告和子の後遺障害等級は右のとおりであるが、前記の原告和子の陳述書に記載された日常生活の不便さや、楽しみを奪われた喪失感等諸般の事情を考慮すると、本件事故による後遺障害慰謝料は四〇〇万円が相当である。
9 装具等購入代金
証拠(甲四五、四六、一九三、二〇四、乙六)及び弁論の全趣旨によれば、原告和子は、身障者用の特殊な椅子及び自助訓練具を合計一万六七〇七円で購入したことが認められ、右装具は、原告和子の傷害の程度及びリハビリの経緯に照らせば、いずれも本件事故と因果関係があるものと認めるのが相当である。
10 損害の填補
原告和子が本件事故による損害額は、以上合計二〇九九万五七二七円となるが、填補として金九二八万一一五〇円の支払を受けたことについては当事者間に争いがないから、残額は一一七一万四五七七円となる。
11 弁護士費用
右認容額並びに本件に表れた諸般の事情を考慮すれば、原告和子が被告に請求し得る弁護士費用は一一〇万円が相当であると認められる。
12 よって、原告和子の被告に対する請求額は一二八一万四五七七円となる。
五 消滅時効について
被告は、原告和子の膝の関節可動域制限は平成七年一〇月一二日ころ、既に症状固定していたものであるところ、本件訴訟は、平成一〇年一〇月一五日に提訴されているが、その請求権は同一〇年一〇月一二日の経過により、時効消滅している旨主張する。
しかしながら、原告和子の膝は、平成七年一〇月一二日の市民病院退院時において、屈曲〇ないし一三〇度、伸展一〇度となっており、甲第四号証の後遺症診断書が作成された平成九年八月一九日に一二〇度、一〇度とほとんど変化はないものの、前記のとおり、原告和子は、平成九年八月一九日に症状固定した旨の診断書を得ており、しかも、リハビリテーション病院におけるリハビリ治療により屈曲度は改善され、昇降機能も改善し、公共交通機関の利用で自立できるまでになったのであるから、早くとも同病院を退院した平成八年三月三日までには症状の固定はなかったものであるから、その請求権が平成一〇年一〇月一二日の経過により、時効消滅していることはない。
六 原告正裕の損害
1 治療費
証拠(乙五)及び弁論の全趣旨によれば、原告正裕の治療費が三万七九二〇円であることが認められ、この全額の支払を受けていることは、原告正裕の自認するところである。
2 慰謝料
原告正裕は、本件事故によって前記のとおり全治一週間を要する傷害を受け、市民病院に一日通院したのみで全治したものであるが、証拠(甲一六、一七、一九四、二五二)及び弁論の全趣旨によれば、本件事故の直後、被告が原告らを現場に放置したまま逃走するかのように走り去ったため、原告正裕は、加害車両を見失わないようにと傷を押して同車を追跡したり、警察の取調べや現場の立会いなど原告和子に代わってこれをしたほか、原告和子の入通院の付添いや看護等、本件に表れた諸般の事情を考慮すれば、本件事故による精神的苦痛を慰謝するためには二〇万円の慰謝料をもってするのが相当である。
七 結論
以上の次第で、原告和子の請求は金一二八一万四五七七円及びこれに対する本件事故の日である平成七年二月三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないのでこれを棄却し、原告正裕の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、六四条本文を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 島田清次郎)
損害賠償額計算書
被害者 上原和子
生年月日 昭和5年3月7日(当時64歳)
事故日 平成7年2月3日
症状固定日 平成9年8月19日
1 治療費 5,681,150円
2 家族付添費 180,000円
3 入院雑費 591,000円
入院日数394日間×日額金1,500円
4 通院交通費 809,170円
5 休業損害 6,367,321円
<1> 金3,598,000円
2,971,200円×442日÷365
65歳以上女子の平均年収 2,971,200円
労働能力喪失率100% 442日間
☆入院日数394日及び通院実日数48日の合計。
<2> 金2,769,321円
2,971,200円×0.7×486日÷365
労働能力喪失70% <1>を除く全通院期間486日間
6 慰謝料 5,000,000円
7 後遺障害逸失利益 15,137,075円
2,971,200×0.7×7.278
65歳以上女子の平均年収 2,971,200円
労働能力喪失率70%
喪失期間9年(67歳平均余命19.26年の半分)
この場合の新ホフマン係数 7.278
8 後遺障害慰謝料 10,000,000円
9 装具等購入 16,707円
以上損害合計額 43,782,423円
既払額控除 ◆9,281,150円
過失相殺 ◆0円
以上損害額残額 34,501,273円
10 弁護士費用 3,500,000円
以上請求額合計 38,001,273円